今月のブログでは、NIST Human HCDスペクトルライブラリについてご案内いたします。
今月の論文では、ヒストンメチル化プロファイリングを目的とした、化学的アセチル化の実施を基本とする質量分析についてご紹介いたします。
今月の小技では、Mascot ServerのEnzymeの設定についての内容です。
Mascotニューズレターのバックナンバーはこのページからご覧いただけます。日本語版は「Japanese」リンクをクリックしてください。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。
Mascot ver.2.6で追加された機能として 、スペクトルライブラリ(訳者注:配列から計算された理論スペクトルでなく、実測の質量分析スペクトルデータから得られたピークリスト)に対して単独で、あるいは FASTA 配列データベースと一緒に検索して統合レポートを作成することができるようになっています。また、ご自身のところで行った検索結果をスペクトルライブラリ化し、検索対象とすることもできます。
最近 NIST Human HCDライブラリが更新されたため、新バージョンの中身について評価する調査を行いました。このライブラリは10,000以上のrawデータファイルから得られたコンセンサスライブラリです。旧バージョンに比べ新バージョンでは登録ペプチドの数が86%増加しています。さらに、3つの独立したコンテンツに分割されました。
iPRG2016データセットを使って、(1) 2016年版のNIST_Human_HCD、(2)~(4)上記3種、 (5)上記3種ライブラリを統合したもの の計5種類のライブラリに対して検索を行いました。(1)2016年版と(2)新しい「best」のライブラリを単純に比較すると、同定されたスペクトル数が約20%増加しましたが、配列単位でみれば新しいペプチドは8個しかありませんでした。新しい3つを統合したライブラリ(5)に対する検索との比較では、スペクトル単位で約75%増加し、ペプチド単位でみても324個の新たなマッチが見られました。
この解析の詳細と、これらのライブラリをご自身のMASCOTにセットする方法については、こちら(英語版、日本語版)をご覧ください。
Francesca Zappacosta, Craig D. Wagner, Anthony Della Pietra, III, Sarah V. Gerhart, Kathryn Keenan, Susan Korenchuck, Chad J. Quinn, Olena Barbash, Michael T. McCabe, Roland S. Annan
Molecular & Cellular Proteomics Published online March 25, 2021
著者らは、高度に修飾されたヒストンタンパク質のメチル化を同定し定量化するための新しいアプローチを開発しました。アセチル化とメチル化は最も一般的な翻訳後修飾です。数も多く修飾可能なアミノ酸がペプチド中に多いことから、修飾組み合わせの可能性も非常に多くなります。そこで著者らは特にアセチル化に起因する複雑さを軽減することに焦点を当てています。
この方法では、d0-無水酢酸を用いてすべての遊離リジン残基を完全にアセチル化し、その後トリプシンで消化してLC-MS/MSを行います。in vivoでのアセチル化はin vitroでのアセチル化と差がなく、この方法を適用する事で複雑なパターンがあるアセチル化のバリエーションを単一のパターンに統一化(すべてアセチル化されている状態に変更)し、データをよりシンプルにしてメチル化の解析にフォーカスしやすくする事を目的としています。
この手法の有用性はヒストンH4 (1-20) ペプチドのアルギニンのメチル化に対する解析で実証しています。異なる修飾を受けた形態のバリエーション(訳者注:プロテオフォーム)の数が68種あったものが、このアセチル化を適用する事で6種に減少させています。
著者らはアセチル化の適用でジメチル化の変化を選択的かつ高感度に定量化する事に成功し、ジメチルアルギニンがH4R3全体の0.02%という低さの占有率であることを示しました。また別の例では、H3K27メチル化をプロファイリングするin vitroアッセイ法を開発し、EZH2 H3K27メチル化酵素を低分子で阻害したEZH2変異体の異種移植モデルに適用しました。
Mascotニューズレターで取り上げてほしい話題や研究論文がありましたらぜひご紹介ください。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。
Mascot Server の「Enzyme」設定内にある項目のいくつかのネーミングは、もしかすると少し誤解しやすいかもしれません。「None」という名称の項目は、非特異的、すなわち任意の場所でペプチドを切断する設定です。内因性ペプチドの解析に使用することができます。この設定とは逆、インタクトなタンパク質のトップダウン分析を行っていて、いかなるタイプの開裂もシミュレートしたくない場合は、「NoCleave」を選択する必要があります。
「semiTrypsin」とは、Mascotが一方の末端でトリプシン特異性(C末端側がPでないKR)を示すもののもう一方の末端が非トリプシン切断である可能性があるペプチドを検索する事ができる項目です。これはTrypsinを選ぶかNoneを選ぶかの中間のようなものであるとお考えください。両端が非特異的なペプチドを探すことはできません。なお無料で公開されているMascot Serverでは、Noneはゲストユーザーには利用できません。切断箇所を特定しない検索は特定する検索に比べ100倍の時間がかかり、他の利用者に影響を及ぼしてしまうためです。ほとんどの場合、MASCOTの検索オプションであるError Tolerant Searchの方が、非特異的な切断産物を拾うのにはるかにうまく機能します。MASCOT Server にない切断パターンで検索を希望される場合はsupport-jp@matrixscience.comまでご相談ください。
CNBr(臭化シアン)を切断剤として使用する場合は、末端のメチオニンがホモセリンに変換され、さらに環状のラクトンに変化する可能性があります。この事に対応するためには、検索時にvariable modificationでhomoserine (Met->Hse) 、homoserine lactone (Met->Hsl)を片方あるいは両方指定する必要があります。
Enzyme設定に関する詳細はこちらをご覧ください
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