今月のブログでは、カシミアの判定に応用されたプロテオミクスの手法についてご紹介します。
今月の論文では、キャリアプロテオームの詳細を調べた研究をご紹介します。
今月の小技では、来月リリース予定のMascot Server ver.2.8 についてご紹介します。
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カシミア製品の粗悪品(不純物混入)は世界的な問題となっており、ヒツジやヤク、さらにはネズミなどの安価な代替素材がセーターやスカーフの偽造品として使用されています。 以前に承認されていた方法では、偽造のために化学処理をされた場合判定が困難であったり(顕微鏡法)、再現性に問題がある(還元アルキル化とLC/MS)などの限界がありました。
これらに代わる効率的な方法として、日本の独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンターの研究に基づき、新しいISO国際標準法が開発されました。 繊維サンプルを粉砕した後、還元アルキル化を行わずに直接トリプシンで消化します。また種ごとに1つ、再現性の良さとLC分離の明確さに基づいてマーカーペプチドが選択されています。新しいサンプル調製法・ターゲットの選定により、色素や物理的な複雑さに影響されず、恒常的で再現性のあるペプチドのピーク強度が得られるようになっています。そして、カシミア、羊、ヤク、ラクダ、アルパカ、アンゴラウサギを識別できるだけでなく、混紡率の測定も可能です。
マーカーとして選別されたペプチドについて、Unipeptサービスで検索を行ったところ、カシミアと羊のウールのペプチドは種に固有のものであり、ヤクのペプチドは牛とのみ共通のものである(ただし牛の毛が偽造に使われることはほとんどないと考えられる)事がわかりました。
Lauren E. Stopfer, Jason E. Conage-Pough, Forest M. White
Molecular & Cellular Proteomics Published online May 27, 2021
著者らは、ペプチドのMHCプロファイリングとチロシンリン酸化の解析において、低レベルの発現量であるペプチドを増強する方法として注目されている、キャリアタンパク質を利用した解析について、様々な面から慎重に検討しています。 6plexまたは10plexのTMTラベリングとMS2定量を用いて、キャリアタンパク質を使用した場合と使用しなかった場合の同定ペプチド数、ピーク強度および強度比を評価しました。
キャリアタンパク質を含む解析(以降、”ブースト解析”と呼称)では同定ペプチド数が増えます。非ブースト解析で1,619個のpMHC(主要組織適合抗原・ペプチド複合体)が同定されたのに対し、ブースト解析では3,176個のユニークなpMHCが同定されました。 しかし、CDK4/6阻害により阻害されることが知られている代謝経路のタンパク質を調べたところ、ブースト解析では定量性に大きな変化が生じてしまう事がわかりました。また、pMHCの非ブースト解析において有意な濃縮を示した3つの代謝経路を含め、ブースト解析において有意な濃縮を示した代謝経路は1つもありませんでした。このようにプロテインキャリアチャネルを利用することで、より少ない細胞入力でサンプル全体から同定・定量されるペプチドの数を増やすことができる一方、プロテインキャリアの存在により比率の圧縮が強化されると、既知の生物学的知見が隠されてしまうほど定量精度が変化してしまうことがわかっています。
同様に、過バナジン酸を用いてチロシンホスファターゼ活性を停止させる事で増加させたリン酸化チロシンペプチドについて調べたところ、ブースト解析では非ブースト解析に比べより多くのユニークなペプチドが同定された事がわかりました(3971対556)。しかし、ブースト解析ではすべてのサンプルで定量可能なリン酸化チロシンペプチドが163個しか含まれていない一方、非ブースト解析では327個であり、ブーストにより減少しています。このようなことから著者らは、定量分析にキャリアタンパク質を使用する前には慎重な評価を行うことを勧めています。
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MASCOT Server の新しいバージョン 2.8 について、現在ベータ版が公開サーバーにて使用可能な状態となっています。ご興味がある方は是非お試しください。
主な新機能は以下の通りです。
弊社でのテストが終了し準備が整い次第、保守契約契約中のお客様には新バージョンを無償で提供します。日本のお客様には日本語資料も作成し送付いたします。旧バージョンをお持ちのお客様もこれを機に是非アップグレードをご検討ください。
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