最新バージョンのMascot Distillerでは、Bruker timsTOFで測定されたイオンモビリティデータを解析に利用する事ができるようになりました。データを活用する事で、SILACやラベルフリーなどプリカーサーベースの定量法の精度を向上させる事ができます。

DistillerはXICピーク検出ステップにおいて、同定されたペプチドのプリカーサーイオンモビリティ値をプリカーサースキャンのフィルタとして使用できるようになります。 これにより、右図のように（別ペプチド由来の）干渉ピークが除去され対象となるプリカーサーのみがデータに残るため、データの質が向上します。

MASCOT Distillerのピーク検出に関する設定ダイアログにてプリカーサーのイオンモビリティデータに対する設定項目があり、イオンモビリティの条件を満たすMS1シグナルのみがXICのピーク検出の判定に移ります。

大腸菌消化物を添加したHeLaタンパク質消化物の解析では、イオンモビリティ情報によるフィルタリングを適用する事で大幅に定量計算の速度が速くなりました（36時間→10時間）。 さらにデータの質も改善され、各ペプチドの比率の中央値も想定値に近くなったほか、定量計算に利用されるための基準を超えるペプチドの数も増加しました。

Distillerによるイオンモビリティフィルタリングの実行については、こちら（英語、日本語）をご覧ください。

Proteomics of Primary Uveal Melanoma: Insights into Metastasis and Protein Biomarkers

Geeng-Fu Jang, Jack S Crabb, Bo Hu, Belinda Willard, Helen Kalirai, Arun D Singh, Sarah E Coupland, John W Crabb

Cancers 13(14)3520 (2021)

著者らは，眼球の最も一般的な原発悪性腫瘍であるぶどう膜黒色腫（UM）のメカニズムを解明するため定量プロテオミクスを行いました。 また転移の経路を調べ、タンパク質を用いたUMの予後診断法のためのバイオマーカーを発見しました。

8-plex iTRAQ LC-MS/MS定量法により、2つ以上のユニークなペプチドがアサインされた3935個のタンパク質を同定・定量したところ、転移しているUMと転移していないUMのタンパク質全体の約89％は挙動が類似していました。 転移したUMと転移していないUMのタンパク質の平均比率を比較したところ、データ欠損20％以下でfold-changeが1標準偏差以上の変化を示す402個の発現変動タンパク質(DE,Differentially Expressed proteins)が得られました。 これらのうち、191個のタンパク質は転移したUMでより多く存在し、211個のタンパク質が非転移のUMでより多く存在しています。

転移したUMで上昇した発現変動タンパク質のパスウェイ解析では、免疫系のパスウェイが有意に多くなっているという結果が得られました。そのため免疫チェックポイント療法の標的となる可能性がある事が示唆されています。また非転移性のUMで上昇した発現変動タンパク質のパスウェイ分析では、代謝に関わるパスウェイが過剰に存在することが示されました。

著者は解析結果をもとに32のタンパク質を選んで、UMの転移を予測する統計モデルを開発しています。17のタンパク質が転移と正の相関を示し、15のタンパク質が負の相関を示しています。このモデルは、ROC曲線下面積が0.93、感度が0.91、特異性が0.81という評価値が得られました。

Mascotニューズレターで取り上げてほしい話題や研究論文がありましたらぜひご紹介ください。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

7月末頃にリリースされたMascot Server ver.2.8には、皆様のデータ解析に役立つ新機能が搭載されています。保守サービスにご契約いただいているお客様には追ってご連絡いたします。

主な新機能は以下の通りです。

• Error Tolerant検索[想定外の修飾やアミノ酸置換、非特異的切断を考慮する2段階検索]に、新しいアルゴリズムが適用されました。より精度がよくなるとともに、期待値も表示され結果の評価も容易になります。
• 新しいバージョンのPercolator が搭載され、速度向上とともにSensitivity (この場合同定スペクトルまたは同定ペプチド数)が向上しました。
• MS/MS検索が高速化しました。一部のシングルスレッド処理がマルチスレッド化され、20～35％の速度向上を実現しました。

これらの新機能について、詳しくはリンク（英語、日本語）をご覧ください。

2.8へのアップデートと同時に新しいハードウェアへの移行を予定されている場合、お手数ですが弊社までご連絡ください。

[日本法人より追記:1]
保守にご加入頂いているユーザーの皆様には８月末までにアップグレード版と日本語での説明書・手順書、並びにライセンスの配布を行います。またご希望のお客様には弊社技術担当がお伺いするかリモート接続でMASCOTのアップグレードを実施可能です。ご希望の方はお気軽にご相談ください。

[日本法人より追記:2]
古いバージョンのMASCOTをご利用のお客様向けに、新しいMASCOTをご利用頂くメリットをまとめた資料を準備いたしました。モデルケースでの検索速度を比較したところ、5年前のシステム（MASCOT ver.2.6,ミドルクラスのコンピュータ）に比べ3.8倍速くなっています。また様々な機能が追加されています。
詳しくはこちらをご参照ください。