2022年8月号

今月のブログは、MASCOT Serverのクロスリンク検索機能を使ってSARS-Cov2スパイクタンパク質の解析データを再検索した事例についてのご案内です。

今月の論文は、非コード領域の転写産物に関するRNA解析とプロテオミクスの解析結果の違いを比較した研究についてのご紹介です。

今月の小技は、ハードウェア破損に備えて残しておくべきファイルと復旧方法についてのご案内です。

Mascotニューズレターのバックナンバーはこのページ(英語版日本語版)からご覧いただけます。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

SARS-Cov-2 スパイクタンパク質に含まれる28のジスルフィド結合

SARS-CoV-2ウイルスのプロテオーム解析についてはこれまで3000以上の論文が発表されており、特に標的細胞への最初の結合に関与し免疫学的に重要と言えるスパイクタンパク質について多くの研究が行われてきました。最近では最終的に免疫原の設計を容易にすることを目的として、タンパク質の配列、グリコシル化、ジスルフィド結合を調べ、立体構造の情報と結び付け相互作用に関して調べる研究が多く見られます。今回ご紹介するブログ記事では、レポジトリサイトPRIDEで公開されているデータセットを入手しMascot ServerのCrosslinking検索機能を使って再解析しました。

精製した模倣タンパク質は還元せずにアルキル化し、トリプシン,Lys-C,Glu-Cによる複数酵素による消化、またはα-Lytic プロテアーゼによる消化処理を行い、その後ETD-LC/MS/MSが行われました。クロスリンクペプチドは一般的なペプチドよりもプリカーサーの質量が大きく、フラグメントピークの質量並びに電荷も高くなってしまう傾向があります。それに対応するため、Mascot Distillerを用いてフラグメントイオンのデコンボリューションとデチャージを行い、一価の電荷におけるピークの値に変換し出力するよう調整しました。

MASCOT Serverの再検索の結果、どちらの酵素処理パターンにおいても論文を読んで予想したよりもはるかに多くのジスルフィド結合が同定されました。Mascot Serverは28個のジスルフィド結合を同定し、そのうち8個はUniProtに以前から記録されていたものでした。それに対して元の論文ではCys15とCys136の間にあるただ1つのジスルフィド結合を報告しています。 サンプルはSARS-CoV-2ウイルス調製物から抽出したものではなくあくまでも模倣免疫原であったため、28個から既知8種を除いた残り20個の追加のジスルフィド結合が自然に発生しうるかどうかは明らかではありません。 いずれにせよ、今後の研究でさらなるジスルフィド結合が報告されるかどうか、興味深いところです。

スパイクタンパク質のクロスリンク再検索の解析についての詳細はこちら(英語版日本語版)をご覧ください。

HEK293T細胞の細胞質における非コード転写産物のタンパク質産物に関する限定的な証拠

Limited evidence for protein products of non-coding transcripts in the HEK293T cellular cytosol

Annelies Bogaert、Daria Fijalkowska、An Staes、Tessa Van de Steene、Hans Demol、Kris Gevaert

Molecular & Cellular Proteomics, July 1, 2022, in press

著者らは非コード領域由来のタンパク質の数について、RNAの解析から予測される数と、MSベースのプロテオミクスで同定・報告された数が大きく異なる事に疑問を持ち、その不一致について調査しました。

ヒト胚性腎臓細胞(HEK293T)の細胞質抽出物を試料とし、初めにN末端ペプチドを濃縮しました。理論的には、ほとんどのタンパク質はN末端だけで同定することができ、N末端はタンパク質の変異体を研究するための理想的なプロキシと言えます。まず、生体内でアセチル化されたN末端と生体内で遊離したN末端を区別するため、細胞質タンパク質中の第一級アミンを重水素を含むアセチル基でアセチル化しました。切断処理についてはトリプシン、キモトリプシン、Glu-Cの3つのプロテアーゼを並行して使用してカバー率を高めました。その後TNBS反応を挟んで2回のHPLC分離を行い、N末端ペプチドの単離・濃縮を行いました。

LC-MS/MS を行って得られたデータは、UniProtKB-SwissProt エントリーと UniProt アイソフォームに Ribo-seq ベースのタンパク質データベースを追加したカスタムデータベースを作成して照合しました。異なるプロテアーゼ処理のデータを組み合わせる事で、2,896のN末端と2,420のタンパク質が同定されました。 続いて著者らは、非コード領域のN末端ペプチドを見つけるため、1)内部およびC末端といった、非N末端ペプチドの除去、2) N末端の翻訳共役アセチル化ルールに適合しているかどうか、3)開始メチオニンの存在(次に来るアミノ酸がACGPSVTの場合切断も許容)、4)、Ribo-seqの存在による翻訳の証拠、の各種条件を適合しました。 その結果、非コード転写産物の可能性がある候補が最終的に19個だけ残りました。

Mascotニューズレターで取り上げてほしい話題や研究論文がありましたらぜひご紹介ください。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

ハードウェア破損からの復旧

Disaster recovery

今回の小技ではMascot Serverでハードウェアの障害が起きた場合の復旧方法についてご案内いたします。

ディスクやストレージの障害が発生した場合、デバイスを交換してOSなどを再インストール後、Mascot Serverを再インストールして迅速にシステムを復旧させることができます。また、システムボードなどの「単純な」故障であれば、ハードディスクを他のコンピュータに移動して利用したり破損パーツの交換だけで再び使用可能になる可能性もあります。RAIDコントローラに障害が発生した場合、データにアクセスするためには同一または互換性のあるハードウェアが必要になりますが、古いシステムの場合、これを入手するのは困難かあるいは高価になってしまう可能性があります。

バックアップからの復旧作業については、弊社ウェブサイトの新しいヘルプページ「Disaster recovery」で説明していますので必要な状況になりましたらご覧ください。

簡単にまとめて記しますと、環境復元のため必要な最低限のファイルとは、Rawデータ,Distillerのプロジェクトファイル(rovファイル),Mascot Serverの設定ファイル(configフォルダ内)やデータベース(sequenceフォルダ内)や検索結果ファイル(dataフォルダ以下の日付フォルダ内),Daemonのパラメータファイルやタスクデータベース、となります。トラブル発生後、各種ソフトウェアを再インストールして正常に動作する事を確認した後各ファイルを入れ替える事で、過去の使用環境を復元する事ができます。

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