2022年10月号

今月のブログは、ラベルフリー定量解析で分画データに対応したMASCOT Distillerについてです。

今月の論文は、ペプチドバイオマーカーを用いたヒラメ、ツノガレイ、シタビラメの判別方法についての研究です。

今月の小技は、ペプチドバイオマーカーを用いたヒラメ、ツノガレイ、シタビラメの判別方法についての研究です。

Mascotニューズレターのバックナンバーはこのページ(英語版日本語版)からご覧いただけます。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

Mascot Distillerによるラベルフリー定量(LFQ)のフラクション化

Mascot Distillerは今年初めにリリースされたバージョン2.8.2以降、分画されたサンプルのラベルフリー定量解析を実施できるようになりました。Distiller上では、共通する同定ペプチド[コンセンサス]情報を識別し、各rawファイルの保持時間をそれに合わせてアライメントする事ができます。このアライメント情報は、一方のデータには存在しもう一方のデータには存在しないようなペプチドデータの定量解析の出発点を探る際に使用されます。分画されたサンプルでは、すべてのファイルを1つのコンセンサスにアライメントするのではなく、同一サンプルとして定義された複数分画のデータを1つの大きなrawデータであるかのように扱います。これにより無関係なフラクションのペプチドを探すために時間を浪費することがなくなるとともにノイズが減少し、定量解析の計算時間が短くなりました。

効果を実証するため、HeLa(野生型)とHeLa KO30細胞から構成されるGelC-MSデータセットを再解析しました。各サンプルからのタンパク質抽出物を1次元電気泳動で分離し、レーンはスライスされ、その切片を消化してLC-MS/MSを実行します。定量は、分画設定を無視してすべて総当たりで行うやり方と、分画設定を考慮し並べられる相手として可能性があるスライス(分画)だけを考慮する2つの方法で解析をしました。

どちらの場合も、1417個のペプチドが定量に利用されました。しかしその質(定量計算に利用するかどうかを判定したいくつかのパラメーター)には違いが見られます。分画を無視した場合は569個だけが厳しい閾値を通過したのに対して、分画を正しくアライメントした場合は1137個のペプチドが基準を超えました。さらに計算時間にも差があります。フラクションを有効にした場合にアライメントに要した時間は11分だったのに対して、フラクション設定を無視した場合は26分かかりました。

分画データのLFQについてより詳しく解説はこちらのブログ記事(英語版日本語版)をご覧ください。

考古学的な試料である魚の骨に保存されたコラーゲンを対象としたペプチドマスフィンガープリント法により、ヨーロッパ海域のヒラメを特定する

Peptide mass fingerprinting of preserved collagen in archaeological fish bones for the identification of flatfish in European waters

Katrien Dierickx, Samantha Presslee, Richard Hagan, Tarek Oueslati, Jennifer Harland, Jessica Hendy, David Orton, Michelle Alexander and Virginia L. Harvey

R.Soc. Open Sci., 2022, 9, 220149

著者らは歴史上の、環境・経済・漁業・人間の食生活・社会的地位、の変化をより理解する事を目的として、北海周辺の3つの考古学遺跡から出土されたヒラメの骨を調査しました。これらの魚種は従来の形態学的分析では特定が困難であるため、魚の利用方法や時代による変化については未だ多くの疑問が残されています。

著者らはペプチドマスフィンガープリント法(PMF)を用いて骨組織に保存されているコラーゲン「タイプI」を識別するZooMS(Zooarchaeology by Mass Spectrometry)と、LC-MS/MSを用いて分類学的な特定を目的としたバイオマーカーセットの探索を行いました。北海とその周辺地域で捕獲された、博物館由来および生鮮標本の現代ヒラメの骨を用い、骨からコラーゲンを抽出し、これをMALDI-TOFおよびLC-MS/MSで分析して、NCBI Blastから得た151の魚のコラーゲンを集めたタンパク質配列データベースに対して検索を行いました。

結果、3つの遺跡から出土した202の考古学的ヒラメの骨から少なくとも18の異なる種を同定するためには、、8つのコラーゲンペプチドマーカーの情報で十分であると判明しました。そしてこの解析手法は、淡水や河口域の利用から海洋漁業への移行(7世紀から16世紀まで)を見たり、天然魚の食物連鎖における誤認識に対処するために利用できるだろう、と筆者は結論付けています。

Mascotニューズレターで取り上げてほしい話題や研究論文がありましたらぜひご紹介ください。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

Linuxシステムで起きるMASCOT関連のトラブルの対処法

Linux penguin

特定のLinuxディストリビューションでMascotの挙動がおかしくなる、という報告がいくつか挙がってきました。主な症状は、ある日突然新規または更新したデータベースをオンラインにすることができなくなり、モニターログ、エラーログ、検索ログの中身が書き換えられない状態になってしまう、というものです。原因を特定するため、Mascot Server側で定めているパラメーター「MaxDatabases」を増加させても変化はなく、ファイルの所有権やパーミッションが原因でもありませんでした。Mascotのモニターサービスプログラム (ms-monitor.exe)やPCを再起動しても、必ずしも改善されるわけではなく、何回再起動しても改善しない事もありました。

この問題の原因は、システム上で開く事が可能なファイル数に対する制限でした。Mascotモニターサービスプログラムはアクティブ状態にしている各データベースに6つのファイルを開いており、さらに必要に応じてログファイルや特定の制御ファイルを開いたり閉じたりする必要があります。データベースが更新された場合、新しいバージョンのデータベースを変換・圧縮するためにさらに最大10個のファイルを開く必要があります。そのような処理が引き金となり、OS側で定めている、開く事が可能なファイル数の上限に達してしまい、新たなファイル更新がさえぎられてしまう、という事が起きていました。

現在のこの制限値がいくつなのかという事については、/proc/[PID]/limitsファイル([PID]は ms-monitor.exe のプロセス ID)をチェックすることで確認できます。設定値の「Max open files 」が1024以下であれば増やすことをお勧めします。訂正の方法は、ms-monitor.exeの起動方法によって異なります。ms-monitor.exeをコマンドラインで起動している場合、起動する前にulimitが実行され、現在のユーザーの.bashrcまたは.profileに記された制限値が適用されているので、そちらを修正します。またms-monitor.exe をシステムサービスとして起動している場合、 /etc/security/limits.conf.ファイル内のnofile(ファイル数) によって定義されているのでそちらを変更します。この設定値はシステムによっては、/etc/systemd/system.confファイル内で、DefaultLimitNOFILE=というパラメーターとして定義されている場合もあります。

いずれの方法にせよ制限値を変更したら、ms-monitor.exeを再起動するようにしてください。

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