2023年1月号

あけましておめでとうございます

今月のブログは、TMT/TMTpro解析と、相補的なレポーターイオンクラスターについてです。

今月の論文は、火星でのライ麦栽培を想定した研究です。

今月の小技は、コンピューターのディスクが一杯になった時に起こる問題とその対処についてです。

Mascotニューズレターのバックナンバーはこのページ(英語版日本語版)からご覧いただけます。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

TMT/TMTproラベルにおける相補的なレポーターイオンクラスター

TMT/TMTproラベルは、レポーターイオンに加えて、あるいはレポーターイオンの代わりに、相補的なイオン(complementary ions)を生成することがあります。相補的イオンはフラグメンテーションの際に生成します。プリカーサーがレポーターイオンとCO基を失い、ペプチドとラベルのバランサー領域が残った状態のものです。これらの相補的イオンのピークが強く目立つ場合、ペプチド同定の妨げになる可能性があります。というのもMascotのスコアリングでは、強度の値が大きくて説明のつかないMS/MSピークに対してはペナルティー(スコアリングでのマイナス)が課されるからです。この問題に関する一つの解決策として、データベース検索の前に不要なピークを除去する方法が挙げられます。今回、MGFファイルから相補的イオンを除去するスクリプトプログラムを作成し、さらにその事がペプチドスコアにどのような変化をもたらすか、調べました。あるデータセットの解析では、全体の約15%のペプチドマッチが相補的なピークの影響を受けていて、相補的イオンピークを除去する事でスコアが平均で3~4増加しました。

相補的イオンは除去するだけでなく、さらにそれらを定量に利用することもできます。共分離ペプチドが標準のレポーターイオン領域に干渉して正常な解析ができない場合、代わりに相補的イオンを利用するという解析のアイデアがあります。相補的イオンのm/zをレポーターイオンの該当ピークに変換して、元のレポーターイオンのピークと入れ替える事ができるよう、スクリプトの中身を改良しました。

この相補的イオンクラスターを本来のレポーター領域と入れ替えるスクリプトが正常に動作するかを評価するため、ヒトの細胞溶解液と酵母細胞溶解液を使ったTMTproの公開データを使用して確認をしました。酵母:ヒトの量比(ペプチド)はそれぞれ期待される混合比率である5:1、10:1、10:5に近い値となり、スクリプトは問題なく機能していると考えられます。解析の詳細については、ブログ記事(英語版日本語版)をご覧ください。また、ご紹介しているスクリプトのダウンロードリンクもあります。

火星レゴリス(土壌)模擬物質におけるイタリアンライグラスの栽培とその分子生物学的研究

A molecular study of Italian ryegrass grown on Martian regolith simulant

Roberto Berni, Céline C. Leclercq, Philippe Roux, Jean-Francois Hausman, Jenny Renaut, Gea Guerriero

Science of the Total Environment 854 (2023) 158774

人類が月や火星で継続的に滞在する際、地球から貨物輸送の事を考えれば現地で食料を生産する事は最も重要な課題の一つと言えます。また植物の生育に伴い酸素や植物由来の化学物質を生産する事もできます。今回ご紹介する研究は、火星の土壌模擬物質でライ麦を栽培し、宇宙での農業を模倣することを試みています。

イタリアンライグラス(Lolium multiforum)を鉢植え土壌と火星レゴリス(土壌)模擬物質(MMS-1)上で合計14日間栽培し、7日目並びに14日目に葉のサンプルを採取しました。また、7日目に植物の一部を刈り取り、その事が成長に与える影響を調べました。サンプルの解析については、葉と根の細胞の遺伝子発現解析とショットガンプロテオミクスを行いました。さらに、生育14日の根と葉について光学顕微鏡による観察も行いました。

その結果、MMS-1上でもイタリアンライグラスの生育は可能でしたが、葉の葉肉部分の外縁から中心静脈に向かって広範囲に、通常の鉢植え土壌では見られない組織の黄変が見られました。ショットガンプロテオミクスでは、葉と根の地上組織を50 mg採取し溶解して抽出したタンパク質を消化後、LC-MS/MSで分析しました。検索対象のデータベースとしてイネ科Pooideae亜科のデータベースを使用しています。解析の結果鉢植え土壌と火星模擬根の間で最も大きな倍率変化(FC≥30)を示した高濃度タンパク質は、一次代謝、翻訳、細胞骨格構成に関与しているタンパク質であることがわかりました。

Mascotニューズレターで取り上げてほしい話題や研究論文がありましたらぜひご紹介ください。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

ディスクの空き容量

Mascot Serverはその名の通り「サーバー」としての役割を持つアプリケーションです。ノートPCやワークステーションにインストールして近くにおいて使用することもできますし、別の部屋や建物の見えないところにある大型のシステムにインストールして利用する事もできます。

Mascotが突然動作しなくなった場合のよくある原因の1つとして、ディスクの空き容量不足が挙げられます。しかしこの時必ずしもエラーメッセージが直接的にディスク容量の不足を指摘できるとは限りません。検索が正常に終了しない(「クラッシュ」などと表示されることもある)、入力データが不完全である、検索パラメーターが不足している、あるいはMascot Securityにログインしようとした時にセッションファイルが作成できない、などのようにエラーが現れる事があります。定期的にリモートデスクトップやSSHでサーバーにログインしていないとディスクの残り容量に対する警告サインを見逃してしまうことがあります。対処法として、ディスクの空き容量が10%以下になったときに警告を発するような自動監視システム、あるいはスケジュールタスクやクロールジョブを設定しておく事をお勧めします。

ディスク容量を多く消費するのは、配列データベース(「sequence」 ディレクトリ)、結果ファイル(「data」 ディレクトリ)、レポート用に作成されたキャッシュファイル(「data/cache」 ディレクトリ)の3つです。キャッシュディレクトリには結果閲覧速度を高めるための一時ファイルが格納されていますが、ファイルがなくても正しく動作し再作成も可能です。従ってもしすぐに空き容量を確保したい場合、data/cacheの中身を一番最初に削除するとよいでしょう。中期的な運用に関連していえば少し古いキャッシュファイルを定期的に削除するとよいでしょう。Mascotにはこれらの事を実行する「tidy_data.pl」がバンドルされています。このスクリプトを使用する方法は、Installation & Setupマニュアルの第7章に記載されています。詳しくはPDFマニュアル上で"tidy_data "を検索してください。

検索結果をいつまでdataディレクトリに保存するかは、利用者と相談する必要があります。例えば12ヶ月以上前の検索結果がほとんどアクセスされない場合、それらの検索結果ファイルをアーカイブまたは削除するようにスケジュールタスクを設定することができます。あるいは万が一に備えて利用可能にしておきたい場合、tidy_data.plを使って古い検索結果を圧縮してディスクスペースを節約する事ができます。圧縮後に該当データの閲覧リクエストがあった場合、Mascotは自動的に該当ファイルを解凍します。

最後はsequenceディレクトリについてです。データベースマネージャーでデータベースの自動更新を設定している場合やユーザーが定期的に新しいデータベースを追加する場合、「sequence」ディレクトリのサイズが定期的に大きくなることがあります。解決策としては、不要になったデータベースを「deactivate」してからsequence以下のデータベース名と同じ名称のディレクトリを削除する事が挙げられます。また各データベースの'incoming'ディレクトリには、ダウンロードに失敗した際の未使用の一時ファイルが含まれている事があります。Incomingの中を確認し、もし不要ファイルがあれば削除してください。(訳者補足:またNCBIprotのcurrentディレクトリには自動更新に失敗したfastaファイルが溜まる事があります。fastaが3つ以上溜まっている状況は不具合に当たりますので、サポート担当に対処法をご相談ください。)

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