2023年3月号

今月のブログは、クロスリンクペプチドのスペクトルデータにMASCOT Distillerを適用し最適なピーク抽出結果を得るためのパラメーター選択についてです。

今月の論文は、標的タンパク質の脱リン酸化のための新しいアプローチについての研究です。

今月の小技は、コマンドラインを使ってMASCOT DistillerのレポートをCSVやHTML形式で出力する方法についてです。

Mascotニューズレターのバックナンバーはこのページ(英語版日本語版)からご覧いただけます。ご一読の上、ご意見・ご質問等ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

クロスリンクペプチドのスペクトルデータに最適なピーク抽出

クロスリンクペプチドの解析では、タンパク質間の相互作用部位に関する貴重な情報を得る事ができます。しかし測定結果として得られるMS/MSスペクトルは両方のペプチドからのフラグメントピークが重なり合い、非常に複雑になることが多いです。今回ご紹介するブログ記事では、ピーク抽出においてMascot Distillerのパラメーターが与える結果への影響について調べました。

クロスリンクペプチドのスペクトルは電荷状態の高いプリカーサーやフラグメントを持つことが多く、これらの情報を活かした検索を行うにはデータベース検索の前にこれらの電荷を1価に換算して出力する必要があります。また、フラグメントの電荷状態をMGFファイルに出力して活用することもできます(但しそのフォーマットのサポートはMascot Server 2.7以降です)。MS/MSスキャンがプロファイルではなくセントロイドデータとして保存されている場合、Distillerが電荷の状態を決定できるようにするためデータ取り込み時にアンセントロイドのオプションを使用する必要があります。

検証するためのテストデータとして、公開されている合成クロスリンクペプチドのライブラリーデータを使用しました。3つの方法、1)電荷状態を決定せずにrawファイルからセントロイド値を取る、2)MS/MSスキャンを100ポイント/ダルトン(ppDa)の分解能でアンセントロイドし、そのデータを使って改めてフラグメントピークの電荷を決定する、3) 上記2)とほぼ同じながら分解能を600ppDaと細かく設定する、で解析を行ったところ、それぞれ655、1087、1143つのクロスリンクぺペプチド- スペクトルマッチ(CSMs)が同定できました。 また、電荷を決定してマッチングに利用したピークリスト出力を行う事で、残基カバー率並びに平均スコアが向上しました。

追加の確認として、アンセントロイドする際の解像度(ppDa)を200,400,600と変化させながら同定CSM数への影響を確認しました。600から200に変更すると、同定CSMの数は少しだけ減少しましたが、処理時間は5分の1となり大幅に短縮されました。 その他様々な形で検証を行いましたがその詳細は、ブログ記事(英語版日本語版)をご覧ください。

標的タンパク質の脱リン酸化を行うシステム、親和性指向(Affinity-directed)のホスファターゼ、AdPhosphatase

An affinity-directed phosphatase, AdPhosphatase, system for targeted protein dephosphorylation

Luke M. Simpson, Luke J. Fulcher, Gajanan Sathe, Abigail Brewer, Jin-Feng Zhao, Daniel R. Squair, Jennifer Crooks, Melanie Wightman, Nicola T. Wood, Robert Gourlay, Joby Varghese, Renata F. Soares, and Gopal P. Sapkota

Cell Chemical Biology 30, 188–202, February 16, 2023

著者らは、GFPタグ付きタンパク質を効率的かつ選択的に脱リン酸化するAdPhosphataseと名付けた新しいアプローチを開発しました。 AdPhosphataseシステムは、リン酸化酵素(PPP1CA/PPP2CA)の触媒サブユニットに結合したナノボディで構成されています。

著者らはAdPhosphataseによる脱リン酸化の効果を低分子キナーゼ阻害剤のそれと比較し、リン酸化の減少効果が両者で同等であることを発見しました。

また、TMT標識による定量とリン酸化ペプチドの濃縮解析を行い、11,821個のユニークなリン酸化ペプチドが同定されました。このうち、21のタンパク質に対応するリン酸化ペプチドのレベルが、AdPhosphataseによって2倍以上有意に低下している事が確認されました。さらにAdPhosphataseを介した脱リン酸化は極めて特異的であり、非標的のリン酸化ペプチドが有意にダウンレギュレートされることはごくわずかである事が示されました。

Mascotニューズレターで取り上げてほしい話題や研究論文がありましたらぜひご紹介ください。また、Mascotニューズレターの内容に関してお気づきの点やご質問などありましたらご連絡ください。

Distillerの定量レポートによるバッチスクリプト

Illustration for Mascot Tip

Mascot Distillerは主にGUIを通じて使用するアプリケーションですが、Quantitation Toolboxの機能の一部についてはコマンドラインで使用することができます。例えば、すでに定量計算を実行し解析結果を含む既存のプロジェクトのデータから、コマンドラインで定量レポートを作成させることができます。コマンドラインでは以下のように記述します。

MascotDistiller.exe project.rov -batch -quantout output.html -quantreport table-peptides.py -logfile output.log

構文と引数については、Distillerのhelpの、Reference -> Command line argumentsをご覧ください。最初の部分、-batch -quantout file.htmlは、定量レポートの実行を示唆し、次の-quantreport table-peptides.py部分は、レポートを書くPythonスクリプトを指定します。デフォルトの出力形式はHTMLです。Pythonスクリプトによってはこれ以外のパラメーターを渡すことができ、使用可能なパラメーターは関連するXMLファイル(例:Mascot Distillerreportstable-peptides.py.xml)で確認できます。Table-peptidesは出力形式としてCSVをサポートしています。以下のようにコマンドラインを記述することで、CSVとして出力できます。

MascotDistiller.exe project.rov -batch -quantout output.csv -quantreport table-peptides.py -exportFormat CSV -logfile output.log

-batch の引数は歴史的な理由からそう名付けられたもので、単にGUIを起動しないことを明示します。バッチモードでも1回のコマンドで処理されるのは1つの.rovファイルのみです。今回ご紹介しているようなコマンドは、Mascot Daemonでrawファイルを検索し、Distillerをデータインポートフィルターとして指定しつつ定量計算した場合などに非常に便利です。外部プロセスで、"After completing task"セクションにて適切な引数で指定してあげる事で、Daemonタスクの終了時に自動的にCSVレポートを取得することができます。

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